(昭和47年12月執筆) アメリカの自然保護、
第三章 アメリカの自然保護の独自性
第一節 アメリカの自然保護の独自性を形成する諸要因
四、アメリカ民主政治の特質 C.理想主義(進歩主義)


 

 
C.理想主義(進歩主義)

  理想主義はピューリタニズムの一つの現れ方である。ここでは移民の国アメリカの進歩主義と似たような意味での理想主義としてとりあげたい。
 アメリカ人にとっての共通の経験は「移民としてアメリカにやってきた」という事実だけであり、彼らは「自由」「民主主義」「アメリカ(という言葉)」という三つのシンボルをアメリカ人にとっての窮極の目標とし理想としている。理想が現実に統合を与え秩序を与えている。実際アメリカ人にとってはしばしば理想こそが真実であって、現実は必ずしも真実とはとられていない。アメリカ人にとって過去と現在は常に不完全だが、きっと完全なアメリカがいつかはできあがっていくだろうと考える。いつであるかはわからないが、必ずアメリカはより良くなっていくのである。それがアメリカ人の共通の信念なのである。
 アメリカ人の生活はフロンティアの開拓だとか、都会への人口の集中だとか、移民群の殺到だとかで、きわめて移動性に富み、終局的な安定というものがほとんど得られなかった。長期にわたるフロンティア開拓史に見られるように、文化的特徴として技術が急速に発達したことは、日常生活全般にわたって絶えず改造が行われつつあったことを物語っている。おまけに人々がわずか二世代か三世代の間にアメリカの物質文明の土台が築かれていったのを自分の目で見てきたということは、とりもなおさずその仕事がなお未完成の域にとどまっていることを証するものであった。
 人間の力で漸進的に社会を改造することが可能であり、人類の前途は概して洋々たるものであることを立証する学説の出現を世人は長い間待望していたところ、1870年から19世紀末にかけて生物学と物理学が画期的に発達することになり、中でもダーウィンとその弟子達の生物進化論は、アメリカ人の精神生活と社会思想に深刻な変化を与えることになった。全般的に見て、アメリカには人々の眼を、未来を形成する仕事よりもむしろ過去へ引きつける古い国々の古風なしきたりや風習がなかったため科学とりわけ進化学説がアメリカで花を開くことになった。「自然保護のあけぼの」の時代にアメリカでConservationの概念が誕生したのも、こうした科学の裏付けがあったからである。
 時代が下って汚染が広がるようになると、環境汚染は不快だが、進歩の代償として受け入れなければならないとして我慢してきた。
 世代が新しくなっていくことにより窮極的理想像としての「アメリカ人」により接近していくというのが基本的考え方になっているため、よりアメリカ的になっていくことを進歩と考えていた。今の自分たちが汚染といういやな思いを被っても、自分の子の代、孫の代には科学技術の恩恵を受けることができると考えたのである。けれども汚染がいたる所を浸し、自然環境は一旦破壊すると不可逆的な損害を被ることになるということがわかってきた今日になって、それまで耐えてきたことが理想のアメリカ形成に何の役にも立っていないばかりかかえって理想的アメリカを危機に落とすことにもなるのだと認識して、市民の世論が一つになり、政治も大きく変質を遂げることになったのである。
 
 アメリカは絶えず進歩している国であり、理想のアメリカ建設に努力を繰り返している一つの例として、1970年年頭教書においてニクソン大統領が「理想主義を求めよ」と次のように述べているのを、少し長くなるが引用してみる。
 「まず基本的な事実を認識しようではないか。我々は世界で最もよい衣服をまとい、最もよい食事をし、最もよい住宅に住み、清浄な空気と水や美しい公園に接することができるのである。にもかかわらず我々は建国以来アメリカを世界のあこがれとした精神の独立と士気を高揚させる夢を欠いた、世界で最も不幸な国民になりかねないのである。
 いまから200年前、わが国は軍事的に弱く、経済的に貧しい人口300万の新国家だった。しかし同時にアメリカは世界にとってドルで評価できず、軍事力よりもはるかに重要なある何ものかを意味していた。
 1802年トーマスジェファーソン大統領の『われわれは自身のためだけでなく、全人類のために行動しているのである』という言葉に耳を傾けられたい。当時の我々は、世界の何百万もの人々の想像力をとらえた精神的資質をもっていた。我々が世界で最も豊かで強力な国家である今日、建国当時のわが国を世界の希望にした道徳的・精神的な理想主義を我々が欠いていたと記録されることのないようにしようではないか。
 1976年の我々に求められているものは、1776年当時よりもさらに大きい。ただ単に生存し、生存させるだけではもはや充分ではない。いまや我々は生存するとともに他人の生存を助けなければならない。我々はアメリカ国内に新鮮な環境、人々が自由に、また自由のもとに呼吸できるような新鮮な環境を必要としている。富と幸福は同一のものではないという真理を認識する我々は、成功や失敗を新しい基準によって測らねばならない。(中略)アメリカが自由、機会、すべての諸国民の進歩と平和にとって世界の最良の希望であるというその運命を全うすることができるよう、神が、この挑戦にふさわしい英知をとりわけ理想主義を我々に与えたまわらんことを。」
 
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