この文章は、日本野鳥の会東京支部が発行する支部報「ユリカモメ」2001年7月号に寄稿したものです。


 
「ヨーロッパの鳥」(4)
中世の建物と鳥たち

荒川洋一

 スイスのチューリッヒである日、長期間に渡った「大寺院」の改修工事がやっと完成したという新聞記事を見ました。おめでたいニュースの裏で、実は長年その教会の屋根に巣を作っていたニシコクマルガラスという鳥が営巣の場を失い、チューリッヒから全く姿を消してしまったということでした。ニシコクマルガラスは私にとってまだ見ぬ種類の鳥でしたので、早速その教会を中心に探し回りましたが姿を見ることはありませんでした。それもそのはず教会の修理は何年も前から着手されていて、繁殖できなくなったのは数年前からだったのです。
 
 スイスの町の多くは今でも中世の姿を残しています。建物と町並みを守るために、古くなっても建物はとり壊せず、外観を変えずに維持しなければならない地域もあります。しかし建物を維持するためには当然修理が必要であり、修理をするとその建物に魅力を感じて住みついている鳥や動物たちにとっては住みかを追われることになります。
 
 見たい鳥がもういないとなると、ますます見たくなるのは鳥見人の性です。毎日のように市内の古い建物を中心としてニシコクマルガラスを求めて歩き回りました。そんなある日、日本からの観光客は必ず訪れると言っても良い、シャガールのステンドグラスで有名な「聖母寺院」の塔に黒い鳥が吸い込まれていくのを見つけました。コクマルガラスでないのは明らかだけれども、この古い教会を住みかにしている鳥が何であるかを見極めようとしばらく見ていると、大きなアマツバメのような鳥がでてきました。確かに空には多くのヨーロッパアマツバメが飛び回っていますが、それよりもはるかに大きく、小さなハヤブサ類のようにも見えました。それがシロハラアマツバメだとわかるまでに、あまり時間はかかりませんでした。
 
 体長20センチ以上、翼開長60センチ近くという大きなアマツバメで、何といってもその名のように腹部が白く、茶色がかった上部との対比も明確なので、高空を飛んでいても姿が見られれば他のアマツバメ類と間違えることはありません。ヨーロッパアマツバメが数十羽の群になるのに対し、数が少ないのでせいぜい数羽が見られる程度で、ヨーロッパアマツバメと同じ群の中で飛ぶというよりも、独自の行動をしているがたまに一緒の群にいるように見える時があるのではないかと思われました。声もヨーロッパアマツバメは甲高いけれども丸みがあるリューイ、ジュリリリーというように聞こえ、シロハラアマツバメは、キリリリリーとけたたましく鋭く鳴きますので区別できます。英語名の「Alpine Swift」から、アルプスの高い山にいるものと思っていましたが、実際は地中海沿岸からトルコの方面に多いようで、中欧では近年になって増えてきているようです。しかし、洞窟や断崖のくぼみに営巣するのが普通で、古い建物に巣を作るというのはあまり多くないようです。この寺院では正確にはわかりませんが数つがいが毎年営巣をしているようです。また驚いたことに、シロハラアマツバメ達は光に集まる虫を求めて、ライトアップされている寺院の回りを夜も飛び回っていました。中世の寺院との平和な共存を堪能しているかのようでした。
 
 アマツバメ類は夏鳥ですが、一番遅く5月中旬に到着し、8月になると一番早く南へ旅立ち始めます。8月下旬にせっかちな彼らを全て見送ったあと、チューリッヒ郊外で日本人学校のあるウスター市をたずねました。学校での集会が始まる前に近くの丘の上にある古城のあたりで時間をつぶしていたら、何と、城の屋根にはニシコクマルガラスが20羽位群れているではありませんか!
 
 あこがれの鳥に会えた感激の一瞬が過ぎると、建物を見上げながら、この古城も鳥も一緒に後世に伝える妙案がないものかと深く考えずにはいられませんでした。

ニシコクマルガラス
ニシコクマルガラス