この文章は、日本野鳥の会東京支部が発行する支部報「ユリカモメ」2001年4月号に寄稿したものです。


 
「ヨーロッパの鳥」(3)
タカ類の醍醐味

荒川洋一

 ある朝、通勤時に屋外の石段を下りている時、一羽の小鳥が異様な声をあげて私の方に飛んできました。「あ、ズアオアトリ!」と思った直後にその小鳥は私の顔の前をかすめ、もう一度「助けて!」とでも言ったような悲痛な叫びを残して隣家へ生け垣を越えて突っ込んでいきました。そのすぐ後をチゴハヤブサが追って来たのに気づくと、私は無意識に小鳥を助けようと手を伸ばしました。あと30cm程で届きませんでしたが、私の手など無いかのように羽ばたきもせず小鳥の方へ猛スピードで迫っていきました。背伸びをしてとなりの庭を見ました。飛んでいった角度からすると芝生の中央部に降りた感じでしたが、隣家はシーンとしており、ズアオアトリの声も聞こえず姿も見えず、飛び立って行くチゴハヤブサも見えませんでした。
 
 わずか数秒間の夢のような出来事でした。私の手にはチゴハヤブサが通り過ぎる時に受けた風の感触が残り、恐らくは逃げ切ることが出来ずに朝食にされてしまったであろうズアオアトリの、最後の力をふり絞って助けを求めてきた声が耳に繰り返しこだまし、黒いマスクをつけたチゴハヤブサの精悍な顔と、曲がるときに見えた下腹部の赤茶色が目に焼き付いておりました。
 
 どこへ行ってもワシタカ類は是非見てみたいものですが、なかなか捕食の瞬間は見ることが出来ません。チュウヒやチョウゲンボウ、ハヤブサなどが急降下して小動物やカモ類に襲いかかっている光景は、日本でも見る機会がありましたが、私はこのチゴハヤブサほどダイナミックな捕食行動をするタカ類を見たことがありません。チゴハヤブサの捕食はその後もう一度、上空で群れているヨーロッパアマツバメの群に何度も攻撃を仕掛け(下図)、ついに一羽をものにしたところを目撃することが出来ました。現地のバーダーに聞くとこのような行動を目にするのは非常に稀で、渡りの前後などごく限られた時期にしか見られないとのことでした。その点、私は二度も手に汗を握るような興奮を体験することが出来、犠牲鳥(?)には気の毒でしたが大変幸運だったと思います。
 
 スイスではワシ類は稀にイヌワシが見られるだけです。私は4年間スイスに滞在し、結局一度もイヌワシにはお目にかかれませんでした。北欧ではノルウエー北部のフィヨルドで繁殖するオジロワシを何組か観察することが出来ましたが、中欧でワシ類に会うのはなかなか難しいと思います。
 
 南ドイツからスイスにかけての山岳地帯では、特に密度が高いわけではありませんがタカ類の醍醐味を味わうことができます。留鳥のノスリ、アカトビ、オオタカ、チョウゲンボウや夏鳥のチゴハヤブサ、トビなどはチューリッヒの周辺でもよく見られ、湿原ではヨーロッパチュウヒやハイイロチュウヒも見られます。日本で多いトビはさほど多くはなく、少し大きめの体で尾の切れ込みが深いアカトビの方がよく見られるようです。
 
 タカ類といえば渡りですが、スペインの南端ジブラルタル(英領)が特に有名です。私は残念ながら渡りの時期には行ったことがありません。ピーク時に朝から晩までで五千羽を越すヨーロッパハチクマが渡っていったなどと友達からは聞いたことがあります。中欧では前回ご紹介したラインデルタのすぐ近く、オーストリアのブリゲンツの町にプフェンダーという高台があり、ケーブルカーで簡単に登れる展望台ですが、実はここもタカの渡りで有名なところです。タカの渡りは5月の中旬と8月末前後がピークとなりますのでその時期に重なればベストです。渡りとは関係のない季節でも、展望台から眼下にボーデン湖を中心にドイツ・スイス・オーストリアが一望され、大変素晴らしい景色が楽しめます。ラインデルタを訪ねたら帰りに是非寄ってみたい所です。

チゴハヤブサ