この文章は、日本野鳥の会東京支部が発行する支部報「ユリカモメ」2001年2月号に寄稿したものです。


 
「ヨーロッパの鳥」(2)
ラインデルタの渡り鳥

荒川洋一

 ドイツのライン下りで有名なライン川の源は、スイスアルプスの中央部にあります。わき水と雪解け水からなる小さな池からの細い流れはアルプスを下り、やがて大河となりオランダを経て北海に注ぐまで約1320kmの旅をはじめます。このライン川が途中オーストリアに入った直後、スイスとドイツとの国境にまたがるボーデン湖という大きな湖に流れ込みます。この湖に注ぐ河口一帯がラインデルタと呼ばれる中央ヨーロッパで最も優れたバードウオッチングフィールドです。
 
 多くの渡り鳥が旅の途中にここで羽を休めるか、繁殖をします。時にはアメリカやアジア方面でしか見られないような珍種も迷い込んでくるそうです。カンムリカイツブリ、ハジロカイツブリ、コブハクチョウ、ハイイロガン、オオケワタガモ、アカハシハジロなどの水鳥類、ヒメヨシゴイなどのサギ類やクイナ類、アカトビ、ハイイロチュウヒなどワシタカ類、ソリハシセイタカシギなどシギチドリ類、ニシズグロカモメ、ヒメカモメなどカモメ類、ハシグロクロハラアジサシなどのアジサシ類、ツメナガセキレイなどのセキレイ類、声の良いキイロウタムシクイ、キタヤナギムシクイなどのムシクイ類、マダラヒタキ、ムナフヒタキなどのヒタキ類、ヒゲガラ、ニシオオヨシキリ、オオジュリンなどあし原で見られる鳥達、ニシコウライウグイス、ベニヒワ、ゴシキヒワなどなど。とにかく鳥達の宝庫です。
 
 堤防の内側とその先に広がる砂州、大きめの石がごろごろした工事現場、堤防の外側に広がる湿地や湖から区分された小さな池、その周りに密生するあし原、灌木や林、乾いた草原や畑など非常に変化の多い植生環境が、色々な種類を引きつけるのでしょう。正確な記録を知りませんが、おそらくこの一帯だけで年間数百種類の鳥が観察されているのではないでしょうか。
 
 私も四季のラインデルタを堪能してきましたが、いつ行っても十分に満足できる成果がありました。しかし、やはり春と秋の渡りの時期が圧巻です。春の渡りは3月下旬のオガワコマドリなどの小鳥にはじまり5月中旬のワシタカ類やアマツバメ類まで続きます。例えば北に向かうシギチドリ類は4月中旬以降がピークです。その多くはこの地で繁殖しませんが、エリマキシギやサルハマシギなど日本でおなじみのシギも美しい夏羽につつまれていることが多く色鮮やかで目を楽しませてくれます。
 
 ラインデルタは、オーストリアで最も西のはずれの都市ブリゲンツ郊外にありますが、スイスのチューリッヒからでも車で1時間程度で行けます。ドイツ国境もすぐ近くですので、これら三カ国からシーズンには毎日のようにバードウオッチャーが集まります。時には私のようにスイスに住む日本人という“珍種”も混じりますので鳥だけではなくそれを見に来る人達もバラエティーに富んでいます。
 
 日本人がヨーロッパで探鳥するときの一番の問題は言語です。探鳥地では現地の人と情報交換を行い効果的に探鳥したいものですが、アメリカのように英語が通じるところと異なり、この地では原則ドイツ語で話さなければなりません。英語を話せるヨーロッパ人でも鳥の名前を英語で言える人は多くありません。中には親切にも学名で言ってくれる人がいましたが、私にとっては学名も猫に小判です。仕方なくいちいち図鑑を開きながら絵を指さしなんとか必要な情報を交換するような始末です。しかし、このような苦労の結果、駆けつけた干潟の向こうで休む、ウミネコよりも大きく真っ赤な嘴で堂々としたオニアジサシの群に巡り会えたときには、その喜びも倍増します。三カ国にまたがる湖の一角では、そこに渡来する鳥たちだけでなく、鳥を楽しむ人々からもヨーロッパならではの多様性を満喫することができます。

ラインデルタの地図