この文章は、日本野鳥の会東京支部が発行する支部報「ユリカモメ」2000年10月号に寄稿したものです。


 
「ヨーロッパの鳥」(1)
スイスの冬鳥

荒川洋一

 アルプスや湖などの美しい自然が日本人にも人気のあるスイスですが、鳥のことはあまり知られていません。ヨーロッパの中央、緯度では稚内の北で南樺太のあたりに位置するほぼ九州くらいの大きさの国で、国土の大部分は山地です。
 スイスで記録された鳥は約380種で、意外にもその内約4割が水鳥です。380種とは言っても迷鳥を除くと通常見られる種類は260種程でその内200種近くがスイス国内で繁殖しています。即ちほとんどの鳥が夏鳥または留鳥として繁殖し、70〜80種が旅鳥または冬鳥として定期的に渡来していることになります。
 動物の区系分布では、ヨーロッパは日本と同じ旧北区に属しますので、鳥の種類は日本と大変似通っています。ヨーロッパ全体では800種以上の鳥が記録されていますが、その内約4割は日本で記録された種類と同じです。しかし、実際に観察してみると種類名は同じでも亜種が異なりますので、色や声などが日本の鳥とは違う印象を受けるものもあります。
 これからスイスは長い冬に入りますが、冬の探鳥の醍醐味は水鳥です。林の鳥はたとえばマヒワやベニヒワが大群で飛んでいるのが見られるなど、ダイナミックな一面もありますが、鳴かず、動かずじっとしている鳥が多く観察は非常に忍耐力を必要とします。しかし、カモ類を中心とした水鳥は、暗く灰色の冬に正に色を添える存在と言えるでしょう。
 カモ類の多くはスイスで繁殖していますが、冬場には欧州北部から南下してきた群が目立ちます。スイスには湖が多いので、スコープで丹念に見ると、おなじみのカモやアイサ類は勿論、日本ではあまり見られないオオケワタガモのような海のカモも見られることがあります。その中で、日本へ稀に迷鳥として渡来するアカハシハジロは、ヨーロッパでは各地に点在し、欧州中央部ではあまり観察できないのですが、チューリッヒでは比較的簡単に見ることができます。
 チューリッヒ中央駅からバーンホフシュトラッセ(駅前通り)を経て湖にでると、そこは夏ならば観光客であふれる船着き場です。湖縁を右(南西)の方向へ湖を見ながらいくと、岸近くにはキンクロハジロやホシハジロが休んでおり、その周りをユリカモメやカモメが飛んでいます。船着き場からゆっくり10分も歩くとヨットハーバーにつきますが、いくつもある桟橋の先のあたりを見ると毎冬アカハシハジロの 夫婦10組ほどが至近距離で観察できます。ホシハジロよりも大きめでオスは真っ赤な嘴とオレンジ色の頭、喉から胸にかけての黒、背中の薄茶、横腹の白と非常に派手な色彩です。メスはミコアイサのメスと似た感じですがですが顔の白い部分がミコほどコントラストが無く頭の部分は濃い茶ですが全体に薄茶でオスの華やかさと比し地味すぎる印象です。また、キンクロなどの多くが寝ているのにアカハシは活発に動き回っていることが多いようです。
 チューリッヒ近郊でもここ以外ではあまり見られません。過去に少数が湖の中央部湖岸で繁殖した記録がありますのでその関係でチューリッヒ湖が気に入っているのかもしれません。もし冬にチューリッヒへ行く機会がある人は一見の価値があります。

アカハシハジロ
アカハシハジロ