(昭和47年12月執筆) アメリカの自然保護、序章<用語の定義>

 

 
<用語の定義>

 ところで、論文を書くにあたって一応語句の概念を定めておく必要がある。この論文の中において公害、環境汚染、自然破壊、自然保護、環境保全、資源保護、資源保存など、すればかなりこまかく定義しうる語句をそれほど使い分けに気を使わずに濫用したが、それは本来の意味をある程度頭に入れて、濫用しても意味に混乱は生じないであろう範囲に努力したつもりである。そこで、以下に本来どのような定義がなされ、自分がどのように使用したかを記す。
 わが国の公害という言葉は、今や世界共通語となりそうな勢いであるが、アメリカには公害を適確に言い表す語はない。英米法では主にnuisanceまたはpollutionという表現でこれを表している。nuisanceは生活妨害と訳され、「人の土地・家屋」およびその住民その他に損害なり苦痛を与えることであるが、イギリスでのnuisanceの概念が国民の生活を守るという意識で強くとらえられているのに対し、アメリカでは住民保護の他に自然資源の維持保全の観点が強く入り込んでいる。nuisanceにはpublic(公的生活妨害)なものとprivate(私的生活妨害)とがあり、刑法上の起訴がなされうるか、私法上の請求をなしうるかという違いがあるが、日本で一般にいう“公害”はどちらかというとpublicの部類に属するが、法律的に刑法上の起訴はなしえない点が大きく異なり、公害をpublic nuisanceととることはかなり無理がある。
 一方pollutionの定義は、公衆衛生に実際の危険を生じてはいないが、家庭、工業、農業、航行、レクリエーションその他の諸用途に対して不利益かつ不合理な影響を与える程度に大気または水質が毀損されていることをいう。そしてこのpollutionをさらに深くした概念でcontaminationがあるが、これは下水および産業排水などによって中毒もしくは疾患の蔓延により公衆衛生に実際の危険を生ずる程度にまで毀損されることをいうのである。日本の水俣病をもたらした水質汚染はまさにこの概念であろう。
 では公害の定義はどういうものなのであろうか。学者によりいろいろな定義がなされているが、ここでは公害対策基本法第二条、東京都公害防止条例第一条を参考にすると、公害とは事業活動その他の人為に基づく生活環境の侵害であり、人の生命および健康がそこなわれたり人の快適な生活が阻害されるものをさす広い言い方であり具体的には大気汚染、水質汚濁、騒音、振動、悪臭などがこれにはいるのである。
 この論文でnuisance、pollutionにあたる概念を汚染または環境汚染という語を使って表現したが、文中に公害という語を使った場合も、ほとんど汚染と同義に使ったものである。
 また、自然破壊、環境破壊の語は単に汚染のみならず野生生物の濫獲、無謀な森林環境などの破壊を含めた意味で使用し、時には原始自然環境に人為の入りこむこと、例えば都市の建設、鉄道の敷設などまでも含めた箇所もある。
 保護に関するものは欧米では内容によって表現する言葉を変えており、それが以下のようにかなりこまかく分かれている。
Reservation:
ある目的のために別に取り除いて保有するという意で、狩猟の分野で猟区に放す鳥獣を養殖したり、野生のままである一定期間を増殖のために外圧を加えないようにする場合などに使用する。
Preservation:
ある目的のためにいつでも使用できるように一定の数量を保持しておく。猟区制の発達した欧米では狩猟のために動物を保持するような意味に使用する。
Conservation:
動植物の種源とその生息環境を確保し、そこから生ずる余剰分を利用する目的のために保存維持するというような意味を持つ。
Restoration:
従来充分な鳥獣類が生息していたのが、減少または絶滅に瀕してしまったのを元の状態にもどすために種々施策をするという意味に使用する。
Refuge:
動物類の避難所またある場合には増殖の基地として準備される地域をつくり、環境の造成なども積極的に加える。
Protection:
外部の圧力から、一定地域内の動植物を防護する意味に使用される。 日本での保護はどんな場合でもprotectionという言葉のもつ意味での保護で表現されていて、内容による言葉上の示す相違は全くない。
 そこでほとんどの場合を「保護」でとおしたが、ConservationなどWildlife Management的な概念の入っている場合は「保全」とか「管理」の言葉を使用するようにした。 また、自然保護を汚染など最も広い意味での自然破壊の状態から自然をまもり、管理し、さらに新たな自然をつくり出すという意味を含めて使用した。しかし「アメリカの自然保護は」という使い方においては、アメリカにおける自然保護のConservation的な面、行政、政策、あるいは理念、または、それら全てを含めた意味で使用した。因みに本論文のタイトルの「アメリカの自然保護」はアメリカにおける自然保護の理念とそれに基づく行政をさし、広い意味で使用していることを特記しておく。
 
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