この文章は、日本野鳥の会東京支部が発行する支部報「ユリカモメ」1999年10月号に藤波さんが寄稿されたものですが、藤波さんの許可を得て転載させていただくものです。

 
一世界の野鳥一
 
「ニューヨーク鳥便り」B
"秋のシギチ・ジャマイカ湾野生動物保護区"

藤波理一郎(ニューヨーク在住)

 
 美声と色鮮やかな可愛い姿で、紐育子達を楽しませた夏の歌い手"Songbird"達も、6月になるとそれぞれの営巣地へ赴くので、彼らの求愛行動を求めて、私の撮影フィールドも近郊の山や湖沼へ移る。 早朝のトレール歩きで、熊(おとなしい性格のBlack Bear)や鹿に出会ったり、山間の静かな湖に響き渡る“ハシグロアビ”のヨーデルのような声をうっとりと聞いたり、夕方、ホタルの舞う草原でチャックウィルヨタカ、ホイップァーウイルヨタカ、アメリカワシミミズク、アメリカキンメフクロウ等の声を楽しんだり、エリマキライチョウや七面鳥の微笑ましい親子を見掛け、思わずシャッターを押し忘れたり・・と、一年で一番の贅沢を味わえるのもこの時期である。
 そして鳥達が静かになり、セミがやたらと煩くなる7月下旬ともなると、秋のシギ・チドリ類の渡りが始まり、私のフィールドも海岸近くへ移ってくる。 北カナダやアラスカの極北で子育てを済ませた彼らの多くは、大西洋の東海岸を下りながら越冬地であるカリブ海の島や中南米、南米への長旅をする。この渡りの重要中継地の一つが、ニューヨークのジャマイカ湾野生動物保護区である。世界の航空便が離着陸する紐育の空の玄関、ケネディー国際空港に隣接する12,000エーカーのこのサンクチュアリーは、年間315種類近い鳥が見られ、60種類以上の営巣が確認されている。ここは町中から車で40分程、しかも地下鉄でも来れる便利さもあって、春秋の渡りの時期には大変多くのバーダー達がやって来る。また、ここは人と鳥との距離が非常に近いのでありがたい。ヒレアシトウネン、ヒメハマシギ、アメリカヒバリシギ等メPeepモと称されるスズメ大のシギ達や、ミズカキチドリ等はカメラを据えてじっと座っていると、エサ採りに夢中になって足元までゾロゾロとやって来るので、肉眼でもよく観察出来る。しかし、このPeep種の冬羽は非常によく似ていて識別が特に難しく、ベテラン達も苦労する。
 この保護区に来る多くのスター達の中でも特に人気があるのは、ユニークな顔をしたクロハサミアジサシである。名前のごとく、上が短く下が長いハサミのような大きな嘴を持って、水面すれすれ巧みに飛びながら、長い下嘴を水に入れて小魚を掬い上げる姿は見ていても気持ちが良い。
 英名"Black Skimmer"まさにスマートでハンサムなアジサシである。大きさはカモメぐらいであるが、頭から背中と翼の上面が黒で、下は全て真っ白なコントラスト、しかも取ってつけたような大きな嘴は大変目立つ赤と黒なので、数百羽近い群れで青空をバックに飛んでいると実に美しい。
 9月ともなると、シギやチドリと共に数万羽のミドリツバメが下りて来て水面を飛び交う。頭から背にかけての緑色(普通は濃いブルーで秋のみグリーンとなる)が秋の日を受けて見事に輝くのでハットさせられる程奇麗である。そして日本のアサギマダラに似た何十匹ものモナコバタフライが、ヒラヒラと風に吹かれながら飛んで行く。この蝶は何代も世代を交代しながら旅をして行くのだから、不思議な生命力を感じる。秋の草花が咲く海辺を頼りなげに飛んでいるこの蝶の群れを見ていると、夏も終わってしまたか・・とふっと寂しさを感じる。
 ここは秋になると、色々な迷鳥が現れバーダー達を喜ばしてくれる。一昨年はトーネン、昨年はキリアイ、今年はウミネコが現れ大騒ぎとなった。また近くの別の保護区では、メダイチドリが現れ大西洋側では初めての記録となった。何れもアジア種のため、多くの鳥仲間から「これらは日本ではどのくらいの普通種なのか?」とよく聞かれた。やがて、秋を賑わした鳥達が南へ去って行くと、冬の使者であるハクガン、コクガン、アメリカヒドリ、アカオタテガモ、ヒメハジロ、オウギアイサ等が下りて来て、保護区もまた賑やかになる。