この文章は、日本野鳥の会東京支部が発行する支部報「ユリカモメ」1999年7月号に藤波さんが寄稿されたものですが、藤波さんの許可を得て転載させていただくものです。

 
一世界の野鳥一
 
「ニューヨーク鳥便り」A
"高級アパート・ショッピング街で鷹の子育て"

藤波理一郎(ニューヨーク在住)

 
 ニューヨークの中心「マンハッタン五番街」は一度行かれた人は、あの買い物客でごったがえす雑踏を思い出すでしょう。ここは丁度東京の銀座4丁目にあたる所である。
 その「五番街」の真っ只中の高級アパートで今年も又“アカオノスリ”が子育てを行っている。摩天楼を背にして日にあたった赤い尾を広げて優雅に飛ぶ姿は、まさにニューヨークならではの光景であろう。アパートの窓枠にあるこの巣は1993年に作られたが、産卵に失敗したり、メスが交通事故で死んでしまったりした後、やっと95年に新しいメスとの産卵・孵化に成功して、バーダー達をホットさせた巣でもある。それからは昨年まで順調に毎年子育てが行われ、今までに合計8羽の雛達が巣立っている。巣を作られてしまったアパートの住人が有名な映画監督ウディーアレンという事もあって、このノスリのカップルはニューヨーク子達の間ですっかり“有名鳥”となってしまった。TV・新聞には何回も取り上げられ、ついには昨年「アカオノスリの恋」という本まで出版された。
 春先彼らの巣篭もりが始まると、丁度真ん前のセントラルパークの巣が見えるベンチの前には、毎日ボラティアーのバーダー達がスポッティングスコープを何台も並べて、鳥見人は勿論、公園を散策する人々にも覗かせてあげ、分かり易く説明をしてくれる。普段「鳥見」に縁のない人々も、スコープから見える可愛い鷹の雛の姿に感嘆の声をあげて行く。実はこの親鳥、2羽とも一度交通事故にあい、ニューヨーク郊外の猛禽類専門の治療所“The Raptor Trust”で人間の世話になって、再び自然に戻されたまさに都会育ちの鳥でもある。都会に溶け込んで力強く生きている猛禽類の「都市鳥」は、この“アカオノスリ”の他に“アシボソハイタカ”“アメリカチョウゲンボウ”“ハヤブサ”等で主に公園や街中のドバト、リス等を主食として高僧ビルや橋桁に巣を構え生活をしている。
 米国の鳥歴史上、最初に「都市鳥」と認定されたのは1880年代の“アメリカヨタカ”であったという。都会の灯かりに群がる“蛾”を主食として高層ビルに巣を構え、猛禽類から身を守っていたようであるが、今では新しく住み着いた「都市鳥」に追われ姿を消してしまった。
 東京の「都市鳥」の代表は“カラス”であろう。ニューヨークでも“カラス”は無論「都市鳥」の一種であるが、東京のように街中や人家の屋根、電柱に群れて居たり、ゴミを漁っている姿はまず見かけない。ましてや夜中に鳴き声を聞くことはないし、人を襲う話等聞いた事もない。
 なぜ同じ“カラス”でこうも違うのか?考えられる理由は、ニューヨークはまずゴミが夜中の内に集められ、明け方には街中から取り去られていること。それに街を囲む公園の面積が非常に大きくて、彼らが営巣する場所や食べ物が十分にあること等ではないだろうか・・・
 さて、すっかり有名になってしまった「五番街のアカオノスリ」のカップルは、今年もまた順調に雛を育てている。例年6月の巣立ちの日の夕方には、バーダー達がワインとつまみを持ち寄り、巣の見える公園に集まってパーティーを開く。
 摩天楼を染める夕日で赤み帯びた空に親を追い頼りなげに飛ぶ雛達を見上げ、無事な成長とまた会えるのを祈り、ワイワイガヤガヤ鳥談義をしながら飲むワインは格別な初夏の味がする。