早春のエストレマデューラ
 
「クロヅルが舞いノガンがディスプレーをする早春のスペイン平原」
2003年2月


 スペイン・マドリッドから1時間程走ると、やがて景色は広々とした平原となり、地平線まで延々と牧草地が続く。そこが“エストレマデューラ”である。 早春の2月中旬、この地は北への旅立ち準備で活発なクロヅルの大群と、アフリカから渡って来たばかりの早い夏鳥達で賑やかである。 トルヒーヨという中世そのままのような町に宿泊ベースをおき、我々はこの“エストレマデューラ”でゆったりとしたスペイン的な鳥見旅を楽しんだ。
満開なアーモンドのボヤッとしたピンク色の花、ミモザの黄色い花や実が沢山ついているオリーブの樹を渡り飛ぶオナガの群を見ていると、昔の日本の何処かのんびりした田舎風景を思い出す。 ヤツガシラが「ホーポー、ホーポー」と鳴き、シュバシコウが巣上で嘴を鳴らし合う“カタカタ”という音が聞こえて来る。 教会の塔の上から、大きな樫の樹の天辺から、高い送電線の鉄柱の上から、長閑な春の音があちらこちらから響き渡って来る。
ちなみに、この“カタカタ”はスペイン語のスラングでセックスを意味するらしい。 仲の良いシュバシコウの姿から出た言葉であろう。 宿から歩いて行ける闘牛場の屋根瓦の上には、もうすでに今年もアフリカからヒメチョウゲンボウが渡って来ていた。 屋根が低いのと、彼らが時々目の高さまで下りて来てくれるのでとても見易い。
“エストレマデューラ”には広い米畑がたくさんあり、何百羽何千羽のクロヅルがエサ取りをしている。時には大きな群で鶴柱となって舞い上がり、そしてV字となって鳴きながら頭上を飛んで行く。また畑に点在するオリーブの樹には、鳴きながら飛び回る可愛らしいマダラカンムリカッコウの姿も見られる。
“ ステップ”と呼ばれる延々と広がった牧草地には50羽から100羽近いノガンの群がおり、緑の草原に白い雪山をバックで尾を広げ、盛んにディスプレーをする巨大なオスの姿は実に気品に満ちていて優雅である。 対照的なのがヒメノガン、小さいので草に隠れてしまい見にくく写真が撮りにくい。 しかし、豆畑で餌取りしている時は身体全体が丸見えとなって絶好のシャッターチャンスとなる。 ヨーロッパでは数少なくなってきているノガン、ヒメノガンがこうして比較的近くで見られるのは大変うれしい。
トルヒーヨの町から北へ50キロ程上がりモンフラグエイ国立公園へ行くと、景色は一転して潅木茂る山地となる。 タホ川、ティエタール川を真下に見る断崖はワシ・タカ類の宝庫。 シロエリハゲワシ、クロハゲワシ、イベリアカタジロワシ、エジプトハゲワシ等が岩に止まって羽根を休めていたり、頭上低く旋回をしたりする。 飛びながら翼と翼を付け合うディスプレーが見られ、岩上で抱卵している姿も見られる。 時々 頭上を行ったり来たりするハゲワシ達の群にボネリークマタカ、イヌワシ、アカトビ等が混じることもあって何時間見ていても飽きない。
また、ここは毎年ナベコウが営巣する所でもあり、今年もオス・メスと思われるカップルが目の前の岩に止まっていてゆっくりと見ることが出来た。 日の光に当った首周りのブロンズ色が実に奇麗である。 シュバシコウと異なり、人里離れた深い山奥でしか営巣しないナベコウが、いつでもこうしてじっくりと楽に見られるのはありがたい。
“エストレマデューラ”とは、昔南下して来たローマンカトリックの宣教師達が言った 「厳しい大地」という意味の言葉のようであるが、やはり、ステップと呼ばれる牧草地、デヘッサと呼ばれる草原、米畑の湿地、潅木茂る乾いた山地など変化に富んだ自然なので鳥影も非常に濃い。 しかもこの地では、スペインののどかな田舎の雰囲気をたっぷりと味わえるのが素晴らしく、また来たいと思われる実に魅力溢れるスポットでもある。
いくつかの小さな村の酒場で飲んだココアは早朝の冷えた身体を温めてくれたし、ランチボックスに付いていたり、夕食の食卓にも並べられていた水代わりに飲む地元スペイン産赤ワインは、満足した探鳥の後の談笑の一時をいつもにぎやかにしてくれ、和気あいあいの楽しい鳥見旅となった。
( ニューヨーク在住 藤波 理一郎記 2003年2月 )